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広袴公園

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 少し前、北海道は某所で人々に愛されていた木が伐採されたというニュースが話題になっていた。
土地の所有者だからと言って愛される景観を独断で変えてしまう権利が有るのだろうかとは思うけど、それなりの事情も有ったのだろう。

 ともあれ、それは(地元民でなければ)遠い土地の話だ。誰でも自分のうちの近くにはそれぞれ愛すべきところがある訳で、それこそ愛すべきものだと思う。

この間寄った鶴川の広袴公園は、調整池の中に生えている木が印象的だった。ここも昔はまた違う景観だったのだろうとは思うけど、でも多くの調整池は住宅地内にあって立ち入り禁止の味気ない施設である中において、ここは自由に利用できる公園になっている所がいい。そして、この池の中に木を残しておく事にした人は粋だ。

池淵史跡公園の民家にはひな壇が飾られていた

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 池淵史跡公園には、移築された古い民家が有る。明治時代の豪農が建てた家との事で、当時の家には珍しく戸にはガラスがふんだんに使われていた。しかもガラスは表と裏に一枚づつ、今で言う所の二重ガラスになっている。
行った日には、ひな祭りシーズンで立派なひな人形が飾られていた。

写真はそのひな壇の裏を見たらぶら下がっていたぼんぼりの電球を付ける為のプラグ。昔の電線はこんなのだった。グラグラでプラスティックは欠けてたりして、で触ると熱くなっていたり…

江戸川公園の滑り台

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ハケの上の住宅地から階段を下って来ると、滑り台に繋がっていた。
滑り台に使用禁止の札が下がっていた。

パンツ公園

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 打ち合わせで調布に行った。この辺りは子供の頃の昔住んでいた。
写真の公園はこんな木が生えていたかなぁ。多分なかったと思う。
その代りコンクリート製のペリカン型水飲み場が置いてあった。
ある時そこに誰かのパンツがかぶさっていた事が有って、以降一部の人間の間ではパンツ公園で通っていた。

薬師池公園のアジサイ

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町田の谷間の薬師池公園。
水が湧き出る池にある蓮が有名だけど、アジサイも綺麗。

下の写真はここが薬師家公園で有ることの証拠として撮影。

囃子水公園

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 野田線は鎌ヶ谷駅の近く、真間川の上流地図上はここで途切れている所にある名前は公園の、またその名残のようなものはあるのだけど、土嚢や鉄パイプでやっつけの補修がしてあったり、ふつふつと湧き出す湧水の流れを辿ってゆくと昔ながらの下水みたくちょっと臭う流れの溝に合流したり、いろいろ立ち入り禁止だったり、フェンスで入れなくした場所のサインがきけん底なし沼はいるなだったり、と、

好きでしょう? こういう場所。

大塚・歳勝土遺跡公園

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 弥生時代の遺跡が保存されている大塚・歳勝土遺跡公園。

 ボランティアのおじさんは、今遺跡として残っているのはわずか三分の一で、後は道から電車の高架線辺りまでみんな削って開発されてしまった、ここから全部切り取られた、と、鉄でできた遺跡の模型の上に立ち、しきりに手を動かして説明してくれた。彼は今年80歳との事。

 墓の跡には芝生が植えられていて、子供たちが遊んでいた。
遺跡とは言え墓の上で遊んでも良いものだろうか? 個人的な意見を述べればいい事だと思う。だって、ここは実は古代の人の墓だったのだとその意味を考え始める時の感慨の深さは、それまでの何も考えていなかった時との差によると思うから。

海の公園から望む八景島

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海の公園から見る八景島の風景。信じられない物が目の前にある様な感覚を覚える。
砂浜には一面アオサが打ち上げられていた。公園を掃除している方に聞いたところ、潮の流れでどうしてもこうなるとの事。海開き前には全部掃除するそうだ。

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